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マンダレーを基点に、、、

ウペイン橋 200年前に作られた木製の橋、全長1,2km。
ウペイン橋 200年前に作られた木製の橋、全長1,2km。

タウンボーティパゴダ まるでカラフルなケーキのよう。
タウンボーティパゴダ まるでカラフルなケーキのよう。

ミングン(マンダレーの北部 船で1時間)のミングンパゴダ完成していたら世界最大のパゴダにになっていたでしょう。
ミングン(マンダレーの北部 船で1時間)のミングンパゴダ完成していたら世界最大のパゴダにになっていたでしょう。

マンダレーは、ミャンマー第2の大都市だが、よくガイドブックには日本の京都に例えられる。確かに碁盤の目のように町割ができていて、南北の通りの番地と、東西の通りの番地で場所を特定できる。しかし、ビルマ族最後の王都だったマンダレーは、実際に王都だったのは、わずか20年くらいのもので千年の都の京都に比べるべくもないと私は思う。

又、マンダレーヒルと、マハミャムニ・パゴダをのぞくとさほど見所もない。しかし、マンダレーを基点に、近隣地区に景勝地が点在している。アマラプラ、インワ、サガインヒル、モンユア、ミングン、パッコック、ピンウールインなどがそれである。

簡単に見所を述べると、

《アマラプラ 》
1,2kmも続く木製の風流なウペイン  橋が有名。

《インワ》
400年王都があったという割には、2,3の遺跡しか残っていない。地震で傾いたミャンマーのピサの斜塔、マハーアウンミェ僧院、チーク材で建立されているパガヤー僧院

《サガインヒル》
緑の丘に白いパゴダ群が美しい。 日本人戦没者をまつった慰霊塔も、他のパゴダの間にいくつか立っている。

《モンユア》
不思議なお菓子できたようなカラフルなタウンボーティパゴダ。チャウッカ村には大きな寝釈迦とその後ろに巨大な立像が完成したようだ。

《パコック》
バガンから船で行くこともできる。パガン時代からの古びたパゴダなどがある。

《ピンウールイン》
英国時代に避暑地として発展した、ミャンマーの軽井沢。花や洋館が多い街を華やかな馬車に揺られて、、、市内観光。洞窟のパゴダや中国に行きたくなかった仏像などが有名。歴史が100年を越すホテルもある。よく映画の撮影などに使われている。


ミャンマーの旅::マンダレー : 08:43 : comments (x) : trackback (x)
マンダレーにて、 猫とビールと②

マンダレー観光、旅行、ツアー

マンダレー観光、旅行、ツアー


マンダレーは過去4回くらい来ているが、1泊か2泊しか連泊したことが無くて、今回のように5泊も滞在したのは初めてである。

街の印象としては、ヤンゴンで人気のシティーマートというスーパーマーケットも進出していて、新しいビルが続々と建築されている。街全体が非常に活気と熱気に満ちている。

ミャンマー交通のシンボル? サイカーとラインカー(トラックを改造したバス)や自転車もかなり減って来ている。それに代わるオートバイが碁盤の目のように道路がクロスするマンダレー市街を、縦横無尽に往来している。これはヤンゴンに住む者の目には、驚くべき光景である。

ヤンゴン市内はオートバイの走行は禁止されている。わずかに公務員 警察官などの運転が許可されていたが、それも最近になって禁止されているので、ヤンゴン市内でオートバイの姿を見ることが無くなって来ているのだ。マンダレーに話を戻す。街中に新しい中国資本の中級ホテルもあちこちにオープンしていた。

英国時代からしぶとく稼いでいるインド系住民と、何かの本で読んだ事があるが100年前にもマンダレー市内に5000人強の中国人が住んでいたそうだが、その子孫か?雲南から移住してきた中国人か?中国人の数がますます増加している感がある。


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ミャンマーの旅::マンダレー : 13:09 : comments (x) : trackback (x)
マンダレーにて、猫とビールと①

マンダレーバスターミナル

マンダレー中央駅①

ミャンマー第2の大都市マンダレーに3年ぶりかな?行ってきた。7月から8月にかけてヤンゴンは連日激しい雨が降り続いている。12年間ヤンゴンに住んでいるが、こんなに大雨が降る雨季も記憶に無い。
しかし、マンダレーでは1度も雨が降らなかった。

8月3日長距離バスでヤンゴンを午後4時に出発し、14時間かかって4日の午前6時にマンダレーに到着した。そして、8月9日の9:05AM発の飛行機で、ヤンゴンに戻ってきた。(しかし、実際には8時50分に離陸していた。ミャンマーではよくある話)そして、6日ぶりのヤンゴンは相変わらず雨が降っていた。

まず最初に書きたいのは、行きのバスの事だ。料金は11000ksこれまで乗ったどのバスよりも清潔できれいな日本製の観光バス。窓ははめ殺しで開閉ができない。故に停止しても食べ物や果物を頭上に載せている物売りがバスの乗客相手に商売ができない。

また道は高速道路と書かれた最近といっても4年位たつだろうか? 民間の道路会社が作った道で有料である。また途中にあるレストランも以前のものに比べ、広く清潔で深夜でも煌々と明かりがついているた。


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ミャンマーの旅::マンダレー : 14:37 : comments (x) : trackback (x)
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beder | EMAIL | URL | 09/08/24 10:23 | e7puCtJ6 |
荻野 成夫 | EMAIL | URL | 09/08/19 04:43 | 0bhEnZ3M |
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