今も現役のインド製の三輪車
トラックを改造した市内バス
モーラミャイン港
モン州のモーラミャインは、タンルイン側の河口付近に発達した活気のある町である。(本当の河口はまだまだ先)ミャンマー関係の本で、第2次世界大戦後に、捕虜になっていた多くの日本兵がこの港から日本に帰還した話を読んだ記憶がある。
今回気付いたのはどの地方都市でも、サイカーが減りオートバイが増えている。 ミャンマー中央部や北部は中国製のオートバイ、ここ南部の都市モーラミャインは、隣接しているタイのバイクが多いそうだ。
ミャンマーの国の形は、ひし形で南に向かってエイのヒレのような尾が細く、タイと国境を接しながら続いている。これらの地方の日用品なども当然タイ製品が多い。モーラミャインでは、タンルイン河の川べりに立つゲストハウスに宿をとった。
昼過ぎに、シャンプーアイランドと呼ばれる島に渡った。モーラミャインホテルのすぐそばに渡し場がある。その横にはタンルイン川に架かるミャンマー最長のモーラミャイン橋が銀色に光りながら対岸のモッタマに向かって長く伸びている。
小船で5分で島に着いた。小さな島全体が僧院になっていて、さまざまな形のパゴダをめぐる庭園があり、たくさん犬が飼われていた。
モーラミャインには、昔私のところで働いてくれたミャンマー人のスタッフが3人くらい住んでいるので、何とか連絡を取ろうとしたが、ホテル、レストランどこもかしこも電話が故障中。
それでやっと通話ができる電話器を見つけてかけてみたら、今度は向こうの電話が故障中で連絡がつかず、結局再会は叶わなかった。
食事の事であるが、ミャンマーでの女性の評価としてバゴーの「カカア天下」、モウラミャインの「料理上手」と聞いたことがあるが、しかし、モーラミャインでの食事はどこもまずかった。
特にひどかったのは、「ペキン」という店である。
7年前にも来た事がある。ペキンダックが売り物で北京から名をとったのだろう。その当時は満席であった。そこそこおいしかった記憶があるが、値段は外国人料金、かなり高かったと思う。
今回久々に行ってみると。お客はいない。ウェーターもいない。 やっとオーダーを取りに来たので注文したものの、何かいやな予感がした。
案の定、これ以上まずく出来ないだろうという、私のミャンマーでとった食事中最もまずい料理、いや料理といえる以前のものが出てきた。
全員ほとんど食べずに店を出たと思う。翌日 ちょうど北京の前にあるルビーというレストランに行った。ルビーレストランは、よくはやっていたし、味もそこそこおいしかった。そして客はゼロでド暇のペキン・レストランが目の前に見える。と言うことはペキンの方からもルビーが見えているはず。
悔しいと思わないのだろうか?
そして7年前にあんなに忙しい店だったペキン・レストラン。もう1度忙しい店にしたいという望みはないのだろうか? 余計なことだけど、、、、、
腕のいいコックを探してきて、店を少しこぎれいに改装して、新聞広告などでリニューアルオープンとか広告を打って、やり直せるのに、、、、なんて考えていた。 ここミャンマーだって、流行る店にはお客が多い訳があるのに。