スーレーパゴダ

Sule Pagoda
今日のスーレーパゴダ久しぶりにヤンゴン市の中心をなすスーレーパゴダにやって来た。珍しい八角形の美しいパゴダである。
ピーロード(空港からヤンゴンの街に入ってくるにはこの道路を通る)に、8マイル、9マイルという地名は、このスーレーパゴダを基点にしている。英国が第2次英緬戦争に勝って、今のヤンゴンも英国領になった当時。今写真のスーレーパゴダの裏側(南側)は、ヤンゴン川に続く池のような湿地帯だったそうである。その後、植民地政府によって干拓され、今は公園になっている。
その湿地帯を自然の西側の防御堀に見立て、写真スーレーパゴダの左(東)から南に向かって城壁が築かれていたそうである。
1752年 モン族を破ってヤンゴンを平定したアラウンパヤー大王が、 ヤン(敵)ゴン(壊滅)と、名前をつけたと言われている。文字の意味としてはヤン(戦い)ゴン(終了)とする事もできる。
その東側の塀と西側の湿地帯の中ほどにアラウンパヤー大王の宮殿があったと最近読んだ歴史本で知った。

銀行預金と両替と陸橋工事

銀行預金と両替と陸橋工事
銀行預金と両替と陸橋工事
テインビュー通りのストランド通りに近いブロックに、ドルが両替できる6つの銀行カウンターが入った両替所があります。そこで6行中CB
Bankのみ限度額なしで両替してくれます。
この時100ドル紙幣の15枚がキャンセルされました。裏にタイの銀行の小さな判が押してあるというのがその理由です。そのほか少し皺がよっていても両替を拒否されます。
それで、レーダンの交差点付近に新しく開設したAGD
銀行に行くと、15枚の紙幣は問題なく両替できました。しかし、6行入ってる両替所は6行とも1ドル819ksでしたが、ここAGDは812ksでした。
また、最近日本人の知人がここで外国人の名義で預金が出来たと聞いたので、その件を尋ねてみると、簡単ではないようです。
パスポートの全頁のコピー、ミャンマー人の保証人2名。またその保証人の銀行通帳を提出して、1週間から1ヶ月審査に時間がかかるということでした。
写真は、レーダンのAGD銀行が入っている瀟洒な建物と、車が急激に増えてこのレーダン交差点は車の渋滞の悪評が高い地点です。
それでいよいよここに陸橋を建築する工事が始まったようです。
もう1枚の写真、陸橋工事の後ろにあるのはレーダン交差点の建築中のビル。かなりの巨大建造物です。
もう何年も前から建築中ですがまだ完成してないようです。

暑季到来

キレイな夕日
晴れる(暑い?)日が多いこの季節の夕日はきれい!
暑い。暑季ど真ん中になってきた。朝霧が発生する日は、日中気温が上昇するそうだ。サテンでラペイェー(紅茶)片手に、VOICE ジャーナル(週刊の新聞)を読んでいたら。
今年の夏(3月から5月)は、2010年ほど暑くならないだろうという記事が掲載されていた。ちょっと安心した。
私はこの3月でヤンゴンに住みだして15年目に突入する。エアコンが嫌いでこの亜熱帯の暑い国でエアコンを使わないと言ったら、相当変わり者のように言われる。
変わり者では人後に落ちないが、平均体温も低いし寒がりなので、一切使ってなかったが、その2010年の暑季はさすがの私も参ってしまった。
38,5℃以上の日々が2ヶ月以上も続いたのだ。
日本でも昨今年配の人達の熱中症での死亡などが報じられる中、「我慢比べ」もこれまでと2週間ほど市内のホテルに宿泊した。かなりのミャンマー人もホテルに避難していたようだ。
その後自分の寝室と客用の寝室のみエアコンを設置した。
しかし、エアコンは2011年も今年2012年もあれ以後使用していない。2010年の猛暑は、ミャンマー気象台の記録では、ここ50年で一番の暑さだったそうだ。
今は、ホテルはどこも満室で、ホテルに逃げ込むことも難しいので、ほどほどの暑季であってくれと
願っている。
また、有名な気象博士のトゥンルイン氏によると、雨季の到来も例年に比べて早いとの事でした。

長距離列車について

バガンへ列車
写真に乗っているバガンへ行く列車はまだ走っています。
久しぶりのブログです。
列車の情報となりますが、外国人がよく搭乗している
ヤンゴン⇔マンダレー間のChinese Trainであるヤンゴン発の29UP(12:45)及びマンダレー発の30DN(21:45)完全になくなりました。搭乗するお客があまりにも少ないため、赤字となってしまいましたようです。
また、最近は長距離列車の時間帯は大幅に変わったり、なくなったりの状況ですので、ご利用する前に一度確認した方がベストです。

百年前の寝釈迦の写真を見ながら、、、[パゴー2]

寝釈迦 顔
寝釈迦 顔
現在の寝釈迦
現在の寝釈迦
昔のチャイプーン・パゴダ
昔のチャイプーン・パゴダ
チャイプーンパゴダ
チャイプーンパゴダ
19世紀英国統治時代に、ヤンゴン・パゴー間の鉄道を敷くための測量に来ていたインド人の技師が、密林の中に横たわる寝釈迦(シュウェターリアン)を発見した。実に900年の長き眠りから覚めたモン族・が建立した寝釈迦像である。
発見された当初のご尊顔と現在を比べると、私的な感想だが、昔のモン様式の顔立ちの方が、素朴で尊く有難い面差しに見える。
ヤンゴンからパゴーに向かうと、パゴーの手前にチャイプーンの四面パゴダがある。これもモン文化独特の形式で、パゴーには他にも大小さまざまな四面仏がある。 15世紀末に建立されたチャイプーン・パゴダも昔のままのご尊顔のほうが私は味わい深いと思う。
そして、これも不可解なのが、シュウェターリアンのすぐ横に、数年前に新しい寝釈迦・新シュウェターリアンが建立された。 古い寝釈迦が全長55米新しい寝釈迦は、90米あるそうだ。
シュエタリアン
シュエタリアン
ヤンゴンの寝釈迦は60米、後は全国に60米以上の大型寝釈迦が続々と建立され、大きさ比べの様相を呈している。モーラミャインの南に位置するチャウタロンにある寝釈迦は全長実に200米というものまで出現した。
小さきものにこそ、仏が宿るという教えはどこに行くってしまったのだろうか?