少数民族の伝統的な服装と食べ物のバザー

少数民族の伝統的な服装と食べ物のバザー
2月12日は国連記念日です。その日からインヤーロードにあるSein Lan So Payという公園で少数民族の伝統的な服装及び食べ物のバザーを行います。少数民族の民芸品、布地、食べ物、あわ酒などが売られます。中ではクーポン制度で発売します。
場所:Sein Lan So Pay, Inya Road
日時:12.2.2010~14.2.2010
  : 0900時~1800時

環状線に乗って、地元の生活を、、、、。

ヤンゴン駅から出発する環状線。一周は約3時間位かかります。ミャンマーの列車は一般の生活を見学できる場所です。列車の中では物売りもやってきて、大きいな荷物も載せてきています。ミャンマーでは列車代は非常に安いです。一人を20チャット、荷物は100チャット位です。
ヤンゴン駅から走ってきた列車はデニィンゴン駅に着いたら、下りて見て下さい。降りたすぐのホームで市場になっています。ホームの隣では大きいなローカル的な市場が見れます。
ホームでの市場です。
ホームで自由に売っています。
列車が止まったとたんで、待っている物売りの人たちが野菜などの荷物をドンドンと列車に載せてきます。最初から降りるか、もしくは皆が乗ってから降りるか、になります。そうでもないと、もう降りれない状況です。
ホームでの市場です。
降りる人達は乗ってくる人達と押し押し合いながら降りないと、、、、。
その周辺では一番大きな市場です。ヤンゴン中心部からもヤンゴン市外からも購入しにきています。卸売り市場ですので、食糧の材料、野菜、日常生活に食べているもの、お肉などなどは普通の市場で買うより2~3倍安くなっています。小売もありますので、家庭の買い物も問題はないです。
列車に乗せようとしている物売り
列車に乗せようとスタンバイしているから、降りる人達は足の置き場はない。
上から見えたダニィンゴン市場
デニィンゴン卸売り市場を上から撮った場面。
きれいな列車ではありませんが、ヤンゴン観光でお時間がある時は挑戦してみてください。本当のミャンマーの生活を覗くことはできますので、オススメです。
列車からぶら下がって
走行中で写真のようにぶら下って、体を半分位に外へ出して乗っている。
危険ですので、駅員達は注意していますが、聞かないです。

インレー湖のランの花

インレー湖のランの花ミャンマー旅行業協会(UMTA)の主催で欄の見本市をインレー湖
インレー湖のランの花
Photo By Weekly eleven journal
ミャンマー旅行業協会(UMTA)の主催で欄の見本市をインレー湖で今年の4月に2回目、開かれる予定です。【4月3日から5日まで】ニュンシュエにあるMay Haw Nanホテルで行われます。去年も欄の見本市へ大勢の観光客は来られましたため、毎年で展示することになっています。インレー湖の風景や自然は訪問者に魅せられてしまうため、有名な観光地になっています。欄の展示の機会を利用して、インレー湖の観光も味わえますので、是非お足を運んで下さいませ。

2010年 初旅行 (マグウェからネーピードゥ他)

シュエセッドー・パゴダがある川原に1年に数ヶ月だけ出現する幻の町
シュエセッドー・パゴダがある川原に1年に数ヶ月だけ出現する幻の町
タウンドゥインヂーにあるヤカインパゴダ 修復中で、すでに70メートル以上ある。ここまで高いパゴダは、パガンにも存在しない。又時代もパガンより古い
タウンドゥインヂーにあるヤカインパゴダ 修復中で、すでに70メートル以上ある。ここまで高いパゴダは、パガンにも存在しない。又時代もパガンより古い
2世紀から4世紀にかけて栄えたピュー族のベイタノー遺跡
2世紀から4世紀にかけて栄えたピュー族のベイタノー遺跡
5泊6日のミャンマー国内旅行から戻ってきた。2010年度の初旅行になる。
今回の旅行はヤンゴンを基点に、ミャンマーを上空から見たとして、マグウェを西にネーピードゥを東に逆三角形になるコースを時計回りに回った。
マグエ→ベイタノー→ネーピードゥ
 ↑         ↓
    ヤンゴン
ベイターノの東に、タウンドゥインヂーという古い町がある。この町にも修復中(2012年完成)の巨大パゴダがあった。歴史的にも規模的にもミャンマー有数のパゴダである。
偶然立ち寄っただけだが、修復現場の役人に話を聞くと相当古いヤカイン族のパゴダで、これまでに本やガイドブックでも取り上げられたことがないと思う。 
ココからネーピードゥまではなだらかな低い山を、少し上っては少し下り、右に左に回りながら4時間山中をジープで巡りながらたどり着いた。
マグウェからだと西から東に、ネーピードゥまで6時間の行程である。
今回の目玉というか目的は、ビルマ族がこのミャンマーという土地に出現する以前に栄えたピュー族の遺跡ベイタノー(2世紀から4世紀)に行くことだった。
同行者の友人(ジープの持ち主で運転者)の好意で2日間にわたって、この遺跡に行けた。
又去年の10月に行ったばかりのマグウェだったが、4日間滞在して町を回ると、以前は小さな町という印象だったが、ぐるぐる回るとかなり大きくて、ネットカフェが15軒、経済大学以外の大学は全部あるという大きな学園都市であることも分った。
やはり1度来ただけで、すべてが分るわけでもないし、通り過ぎただけの旅行記がよく間違いだらけなのは、その辺に原因がある事も今回痛切に感じた。
ミャンマー人が一生のうちに一度は行きたいシュエセッドー・パゴダも、前回10月には無かった川原に幻の町が出現していた。
祭りは3月と聞いていたので、何も期待しないで友人が行きたいというので同行しただけだったが、祭りは1月17日から5月まで開催されとかで、祭りまで1週間というので、すでに来ている参拝者もいた。
その祭り期間中は1万人の町になるという「幻の町」が川原に建設中だった。長さ15メートルほどの橋も4箇所すでに造られている。
そして祭りが終わるとすべて取り壊される。故に期間限定の「幻の町」といわれる所以である。きちんとした計画もしないで行った旅だったが、思いがけず収穫の多いものになった。
詳しくは、ゆっくり報告してゆきたい。

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
本日より2010年になりました。2年間、観光産業は厳しくなりましたが、2009年の年末より観光客が増えて来て、観光旅行に関わる仕事らも安定になりましたと思います。ミャンマーへお越しくださった皆様にどうもありがとうございました。
2010年も引き続き宜しくお願い申し上げます。
新しい年が皆様にとって佳き年でありますようお祈り申し上げます。

ヤンゴン – チェンマイ直行便

ヤンゴン - チェンマイ直行便
エアパガン航空会社はヤンゴンとチェンマイ間の直行便を来年の1月7日から運航する予定です。運航曜日は【木・日】になります。チケット料金は往復245ドルになります。しかし、2010年4月29日まで運行する事になります。以前はエアーマンダレー航空社もチェンマイへ運航しましたが、現時点では中止になりました。
運航時間帯は以下のようになります。
ヤンゴン - チェンマイ エアバガン9607便(12:00発-13:30着)
チェンマイ- ヤンゴン  エアバガン9608便(14:30発-15:00着)

カヤー州ルインコー(ロイコー)3 タウンクウェ・パゴダ

ホーヂィ僧院
ホーヂィ僧院
タウンクウェ・パゴダ
タウンクウェ・パゴダ
岩山にたくさんのパゴダが美しい。""
岩山にたくさんのパゴダが美しい。
タウンクウェ・パゴダについて、何も触れていなかった。多分カヤー州でもっとも有名なパゴダである。ミャンマーの国営テレビで何度か見ていた。
岩山にたくさんのパゴダが美しい。
訪れたのが、ロイコー滞在2日目午前10時くらいだったか、ちょうど逆光線になって、パゴダが美しく撮れなかったのと、前にも述べたが頂上にある大きめのパゴダが筵をかけて修復中であった。
それでも、このパゴダは十分に美しかった。小さな岩山の頂上に小さなパゴダが8,9つ建立され(スミマセン正確に数えていない)それぞれのパゴダまでとパゴダとパゴダを繋ぐ階段や小道は、御影石で飾られていた。
後で知ったことだが、この地では御影石も産出するそうだ。タウンクウェとは山(タウン)分ける(クウェ)と言う意味になる。それをシャン語で山(ルイン)分ける(コー)ロイコーとなるわけである。
イギリス統治時代に、シャン州は30数名の藩侯(ソーボワ)がそれぞれの領地を治めていた。ここカヤー州もソーボアがいて、ソーボアのお屋敷跡が、ホーヂィ僧院になっていた。
このお屋敷は1912年に創建され、1959年に、ソーボア制が廃止になると、 最後のソウボアの家族は海外に移住し、お屋敷は僧院に寄贈されて今日に至っている。
 
 館内に最後のソーボアとその妻の写真が残っていた。 大変な美男美女である。今その家族子孫達は、 どこの国でどのように暮らしているのだろうか?
その最後のソーボアの祖父が1895年建立したのがタウンクウェ・パゴダである。この州の名前にもなる記念すべきパゴダである。
カンボーザバンクと言う銀行がある。8.9年前よくテレビのCMで流れていたので、名前だけは知っていた。 このカンボーザこそシャン州国を表す言葉で、シャン州の州都タウンジーに、ソーボアの子弟が通うカンボーザ・スクールがあったそうである。
外国から教師を招き、生徒達は英語ですべての学課を学んでいたので、家庭ではシャン語、学校では英語、ビルマ語が一番できなかったそうである。
それと江戸の大名屋敷のように、それぞれのソーボア達は、領地のお屋敷の他にタウンジーにもそれぞれお屋敷を持っていたとガイドさんから聞いた。
シャン人は、タイ語や中国語も話せる人も多く(タイは昔シャムと呼ばれていた、これはシャンに同じで、もともと同じ民族と言われている)、上記にあるようにシャン語、ビルマ語、英語と語学にすぐれ、又商才があるな人が多いように見える。
シャン州やソーボアに興味がある方は、「あるシャン藩王女の個人史」とサブタイトルが付くネル・アダムス著「消え去った世界」文芸社をお読みになることを強く勧めたい。
50冊くらいミャンマー関係の本を読んだ事があるが、この本はもっとも感動した一冊になった。カヤー州の話なのに途中からシャン州の話になってしまった。重ねて御免。

インレー湖の観光

今回初めて、インレー湖の南部からインデインパゴダに行った。インレー湖の観光で一番すばらしかった。最近欧米人に人気が出てきているそうだ。改めてインレー湖の観光を見直してみた。
《5日ごとに開かれる湖上の市》
インダー族の湖上の住まいと、足でこぐ小舟。
インダー族の湖上の住まいと、足でこぐ小舟。
以前はインダー族の日常の市だった。今でも油を売る小船や日常雑貨を売る船もあるが、多くは外国からの観光客向けのお土産を売っていて、これがかなりうるさい。
小船を作る工房 ハスの糸で布を作る工房 銀製品の工房なども興味のある人には楽しい。特にハスの茎の繊維で布を作るのは世界中でここインレーにしか無い。蓮の布は、又後日書くかも?どうして始まったのか推理小説のような話があるので。
猫のジャンプで有名なガベーチャウン僧院》
2004年に行った時の、まだお坊さんが見せていた頃。猫はすでに肥満していた。
2004年に行った時の、まだお坊さんが見せていた頃。猫はすでに肥満していた。
この寺には、1997年 20004年 と今回3回行った。はじめて来た時、猫のジャンプが有名になったばかりで、しかも、ガイドさんの説明では、日本人のカメラマンが撮った写真でこの寺の「ジャンピングキャット」が知れ渡ったと言う説明だった。
お坊さんが観光客に仏教の話など、英語で説明して。口笛を吹くとやせた精悍な猫が10数匹集まってきて。坊さんが掲げた直径20センチばかりの輪をジャンプして通りぬけるのだ。
2004年に来た時、観光客が4倍くらいになっていて、大勢の見物人の前でお坊さんが、猫の芸を見せていた。猫達は芸をした後にエサが与えられるので、すっかり太っていた。又えさをめぐってケンカするのもちょっと嫌だった。
2009年12月今回、この間に1,2年「もう芸を見せてはいけない」という噂を聞いていた。それでか?坊さんではなく女性が、観光客が集まったら猫を呼び集め芸を見せていた。猫はますます怠惰に太り、ただの見世物になっていた。
《パァンド-ウ・パゴダ 》
パァンド-ウ・パゴダ  水の都イタリアのはベネチアの寺院を思い出す。
パァンド-ウ・パゴダ 水の都イタリアのはベネチアの寺院を思い出す。
ファンドーウとガイドブックにはなっているが、スペルからも、ガイドさんの発音からも私にはパァンド-ウに聞こえる。
壮麗でヴェネチアの寺院を思わすパァンド-ウ・パゴダ由緒ある仏像5体が、長年金箔がはられつづけて、金のダルマのようになっている。
毎年9月10月に(独特の暦を使うので毎年開催日が違う)湖上を巡る祭りがある。5体の仏像をカラウェー(伝説の鳥ヒンダー)をかたどった船で、インレー湖畔にある村を巡る。
いつもはこの5体の仏像パァンド-ウ・パゴダの2階の大広間に安置されている。自由に男子のみ金箔を貼ることができる。
マンダレーのマハムニパゴダ、チャイティーヨーのゴールデンロック、ザルンの仏像すべて男子のみで、女性はそばに行き触れる事すらできない。日本でも相撲の土俵は女性は登れないね。インデンパゴダのことが次回にする。