メールのアドレスが変わったので、日本に住む友人知人20名にメールを送った。その後、その続きになる気になる事が見えてきた。
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お元気でしょうか? ミャンマーは5カ国に囲まれた国ですが、最近は両隣のタイやインドが、物騒だったり騒動が続いておりまが、ミャンマーはいたって平穏です。もうじき住み着いて11年になるヤンゴンは、乾期に入り朝夕は冷え込み風邪を引く人が多いです。実は私も4,5日寝込んでおりました。
アメリカ発の金融危機も、アメリカから制裁を受けている国ですし銀行も機能してない国ですから、表面的には影響はないようです。株式市場もありませんしね。後、NHKのスペシャル番組で見たんですが、「アメリカ発世界食糧危機」これも、アメリカに関係していないことは幸いしてか?農業国ですし、多少の値上がりはありますが、影響は少いようです。世界の時流に遅れていることが、逆に幸いしているような感じです。
しかし、おいおい有形無形で何らかの影響は出てくると思います。我が家では、やっとADSLが出来るようになって、ネットもメールも少し便利になっております。今年は目一杯いろいろありすぎて、忙しすぎたのが2008年の印象です。来年は、もっとゆったりと過ごしたいものです。
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以下はおいおい出てきた世界同時金融危機の影響である。
1.ミャンマー通貨ksが、日本円に対し下落。
2.海外就労の雇用が急激に減り始め、失業して帰国する。ミャンマー人も出はじめている。
3.ミャンマー国内98%以上が中古車だが、その車の値が急激に下がり始めている。
4.外国製品であるセメントなどの値上がりにより住宅などは値上がりしている。
5.世界に歩調をあわせるようにガソリン代がかなり下がった。
6.うちは幸いにも免れているが、他の地区では深刻な停電が続いている。
私が気が付いただけど、このような影響が出てきている。
カテゴリー: ミャンマーあれこれ
カロムゲームとミャンマーのゼーコウッ
ずいぶん前に、毎年ミャンマーに遊びに来る滋賀県在住の友人が、「ヤンゴンの路上で男4人でやっているゲーム、どうも滋賀県にだけにあるカロムと言うゲームにそっくりなんよ」と言っていた。
先日そのなぜか日本の中で滋賀県の彦根地方にだけにあるカロムゲームをNHKで見た。なるほどヤンゴンにあるゼーコウッと呼ばれるゲームに似ている。調べてみると、はっきりした事は分からないものの、12世紀のエジプトが発祥地で、その後ヨーロッパから世界中に広がったそうだ。しかし、日本ではなぜ滋賀県にだけあるのだろか?
またミャンマーにはどうやって伝わってきたのだろうか?
英国が植民地にしていた時に英国から? それとも隣のインドから伝わったのか?
私はまったく興味ないが、スタッフの退屈しのぎにはなるだろうと買って置いたものだが、私がいない間に大金ではないものの賭け事をやっていたので、すぐに取り上げた。
まぁ~カロムの話から、ミャンマー人がギャンブル好きなことが、このゲームが今日までヤンゴンで人気がある理由なんだろう。
ミャンマーのハーブ
以前からハーブに興味を持っていた。ハーブティーやハーブオイルを自分で作れないかな~と考えて、ハーブの本など読んでも、英語名? あるいは和名で出ている。ミャンマー語の辞書と首っきりで調べて、10種類くらいミャンマー名が判明した。 早速朝市にミャンマー人のお供1名つけて、颯爽と出かけて行った。わずか20分くらいの間に8種類ものハーブが手に入った。
まずショーガ(これがナイトミャンマーの料理はなりったない)、ミント(モヒンガーという有名な麺料理に入れる人もいる。香りがドライにしても強い)、乾燥ものでウイキョウ(イネ科だそうだ。素敵な香り)、丁子(クローブという、父親がブランディーのお湯割りに2,3個浮かべてゆっくり飲んでいたのを思い出す)、たんぽぽの根、生に戻ってレモングラス(これもイネ科の草だが香りがレモンのよう)、バラの花びらなどなど。これらを乾燥させてブレンドしてウォッカ(最近こんなお酒もヤンゴン市内で手に入る)に漬け込んだ。残りのハーブも田舎からスタッフの母親が持って来てくれたゴマ油に漬け込んだ。
丁子(チョウジ)は、ミャンマーの男達が噛みタバコ(和名でキンマ、ミャンマー語でコーン)の中に使っている。どれも市場で手に入ったように、ミャンマー人の実生活の中で使われている物ばかりで、日本のようにアロマ用品の店で売っている特別のものではない。
きっと、ミャンマー独自のハーブが探せば山ほどあると思う。ハーブの語源はラテン語で「草」と言う意味らしいので、本来すべての草花がハーブと言えるのかもしれない。乾燥したミントでミントティーとしゃれ込んだ、なんとも言えない甘い香りが部屋中に広がった。
ミャンマーの結婚はその時に
ミャンマーの暦によると、10月14日は「Thadingyut」満月の日です。雨安居があける日でもあります。例年通り、その期間になると結婚式が次々に行われています。その時期前から雑誌、ジャーナル等にも結婚についての記事、そしてウェディングドレスや指輪のことを書かれています。結婚式用のオーダーメード衣装、宝石屋、場所などの広告もあちこちで大いに載せられています。写真はMyanmar Timesに結婚式について色々なコーナーを紹介しています。
名人「ミンティンカ先生」が他界
サイクロン後記
先日、 開店する店に使う家具を買いに、10年來ひいきにしている家具屋に行って驚きました。
店内にひしめく様にある家具類(チーク材の家具)が、 店内の4分の1くらいしかないのです。 ここの家具はよそに比べてやや高めですが、品質がいいので長年つきあっている訳ですが、これほど展示している家具が少ないのは初めてなので、不思議に思っていると、メタボの主人が言うには、「サイクロンの後、笑いが止まらないくらい売れに売れて、 製作が追いつかないくらいだよ」と体をゆすり豪快に笑いながら話してました。
サイクロンの後、大儲けした人たちもいるんです。まず、ヤンゴンのアパートは、ほとんど8階建てで屋根はトタンです。これがかなり吹き飛ばされたり、破れたりしてますので、真新しい銀色のトタンに変えているので、 高いところから見るとヤンゴン中の屋根が銀色に光っています。
また救援活動のために米や物資を運ぶためにトラック料金が馬鹿高くなりました。また、旅行者が減少で泣いていた一流ホテルも、 ヤンゴン市内のかなりの地区で、電気と水道が止まりました。電気がない状態には人間何とか耐えられますが、水洗トイレやシャワー、洗濯など水なしでは生活ができません。それで軒並み一流ホテルのトレーダーズ・ホテルやセドナホテルでも満室が続いたそうです。
便乗値上げもあり、この時期に儲けた人も実はたくさんいたんですね。
今日のミャンマー
サイクロンから1ヶ月半すぎて、、、6月21日にこのブログを久しぶりに書いている。6月2日から新学期が始まり。
ヤンゴンは一応平静に戻っているかのよう。昨晩10学年の試験の合格発表があり、私の周りのスタッフの妹他弟など合否が判明し、悲喜こもごもざわついている。この試験に合格しないとまず大学に行けない。人生の分かれ目の試験。10年くらい受け続けて合格できない人もいる。
サイクロン直後、一夜にして景観が全く変わってしまったヤンゴン。緑の木々に包まれていた市内の3分1の樹木が根こそぎ倒され、かろうじて倒壊を免れた木々も、幹は裂け枝は折れ、多くの横倒しになった大木が道路をふさいでいた。今はその木々もきれいに片付けられ、アパートの吹き飛んだトタン屋根なども、新しいトタンを葺いて、あちこちで屋根が銀色に太陽光をはね返している。
日本のニュースでも中国四川省の地震ニュースに隠れて、ほとんど報道されなくなっている。TVニュースは映像がなければ、ニュース番組として成り立たない。ジャーナリストの入国を厳しく制限しているこの国では、取材も報道も難しい。
G&Gのマ・カインとピョーウェも救援活動に忙しく、ブログの更新が全くおざなりになっている。ピョーウェは、一般市民の青年団のようなグループに所属し、今も救援活動を精力的に行っている。 小船でしかいけない地区など、なかなか救援が行われていない地区などにも行き、今は今後の農作業に必要な、作付けのための籾や肥料、工作機械などの支援をしている。私も日本から預かってきた義援金や自前の費用で、スタッフたちと4回ほど救援に行ってきた。
多くのミャンマー人たちが、自国民を救うために立ち上がり、多くの支援物資を集め自分たちで現地まで運ぶ作業をやっている姿を見て。この国にまだまだ微かだけれども力強い「希望」があることを肌で感じた。
「2006年度アカデミー賞 雑感1」
雑感2の方が早くにアップされてしまった。2006年度の映画賞である。
ネーピードウで2回目の開催。 出席したスター達はヤンゴンから車で8時間かけてやって来て、そうたくさんはホテルもないだろうにどうしているのだろうか? 控え室とかメイクのための部屋を用意されているのだろうか。
2006年度アカデミー賞 雑感2
さまざまなジャーナルがアカデミー賞授賞式の記事を載せている。ナンダーラインやヤンアウン・カイティンチーなど多くの俳優がバスなどをチャーターして会場入りしているようだ。まぁ大変な騒ぎだったろうと想像できる。
まず今回の作品賞、監督賞、助演男優賞、主演男優賞 編集賞 5冠に輝いたのがHIVを扱ったシリアスなドラマで、ヤンアウンは父親役で6回目のアカデミー主演賞を得ている。初めての女優主演賞に輝いたナンダーラインは、1人3役を演じ自分がプロードュースした作品での受賞で、脚本賞と音響賞も得ている。
水田のある風景
写真はヤンゴンの隣町モン族の王都だったパゴーを過ぎたあたりです。マンダレーとパゴー・ヤンゴンとつなぐ幹線道路は、北の方から大きなチーク材を満載した大型トラックや、中国との国境の街ムセから出た、大量の中国製品を満載したトラックが轟音と共に下ってきます。
ヤンゴンからは海外から輸入された建築用の鉄材等を積み込んだトラックが行きかう、まさにミャンマーを南北に貫く輸送幹線道路です。 12月9日、バス旅の昼食の為に停車した店の前の水田には水が張られていました。雨季の「モウサパー(雨季米)」が刈り取られ、今度は「ヌイサパー」と呼ばれる乾季から暑季にかけての、二期作の田植えがもう直ぐ始まるところです。