最初この旅行記の題名を「ミャンマー災難端の旅」にしようと思ったくらい、到着そうそう不快なことが続いた。
あのコーヒーとかに入れるコンデンスミルクにアレルギーがある。しかし、何も起こらない時もある。まぁ 忘れていたんだけど、飛行機の中で、鼻水が出ていた。軽い風邪のような状態で体調悪かった。 ホテルの近くのサテンの、小さなカップに少量のミルクが入っているコーヒー1杯で、 突然呼吸が出来なくなるほど咳が出て、ドウカしてもう少し酷いと、呼吸困難で死んでしまうのではないかなと、、、酷い咳だった。、結構怖い。
実際どうやってホテルまで歩いて戻ったか解らないほど意識朦朧として、倒れこむようにホテルに着くと、ドアボーイの子が愕いて、部屋まで体を支えるようにして付いて来てくれて、「医者呼びましょうか?」と聞いてくれた。部屋で手作りのエッセンシャルオイルを、喉から胸にかけて塗りながらマッサージして、小1時間で咳も止まり楽になった、、、が、その後3日間寝込んだ。 年に1,2回発作のような症状が現れる。
ミャンマー最南端コータウンへの旅 1
例年に比べ長すぎた雨季があけた。 しばらく旅をしていない。ミャンマー国内にも何箇所か行ってない場所が残っている。プータオ、ビクトリア山、ロイコー、シュエセッドーなどまだ行ってない。山はちょっと趣味外ではずす。プータオ ロイコーは今現在外国人が入域出来ない。シュエセッドーは今の時分人が多すぎる。それで最南端のコータウンに決めた。
ただ最南端にあるという以外ほとんど何も情報を持たない。G&Gにチケットを頼んだ。ベイに2泊、コータウンに2泊くらいで頼んだら。コータウンに行く便が6日に1度しかない。つまりコータウンから6日間動けないスケジュールになった。
ヤンゴンエヤーウェイで飛んだ。 「高い!」ヤンゴンーバンコクよりもはるかに高い。ミャンマーが旅行者に不人気のひとつが国内便の高さである事を、改めて思い知った。(現地に行って解ったのは、マンダレーエヤーも運行していた。陸路は不可能)。ヤンゴンエヤーウェイ機は、ヤンゴン→ダウェー →ベイ →コータウンと2つの都市を経由して3時間かけて南下する。
ミャンマーのお菓子『ベインモッ』
ミャンマーの伝統的なお菓子『ベインモッ』。材料はゴマ、ピーナツ、米を潰し液体にしたもの、バーター、ココナツが入っている。柔らかくて、甘さ控えめなレシピになっていますので、紅茶やコーヒーといっしょに食べると最高です。ミャンマー風のケーキと冗談にしている。ただし、ベインモッに卵が入ると『アウンバラ』と名前が変わります。
チャイントン名産の豆腐
シャン語は『フントォ』ミャンマー語は『ミェペ豆腐』と呼びます。『ミェペ』はピーナツのことです。名前の通り、ピーナツで作られた豆腐で、チャイントン名産の一つ。市場だけではなく空港内でも売られている。空港内で売っているプントォンはもっと美味しいそうです。味を見るとふわふわしてゴマの味がすると思う。小さいお皿に入れたものは唐辛子とピーナツを混ぜたものでフントォと一緒に食べる。辛味をして濃いの味をする。多分、外国人はフントォそのまま食べるのは口に合うと思う。もし、チャイントンへ行く方々はお味を試食して下さいませ。
ヤンゴンに入って来る中国の果物
ナガ・マウッ・ティー、中国とミャンマーの国境モンラー(マインラー)から入ってくる果物。皮は濃いピンク色で、白い果肉に黒ゴマのような粒が入っている。種なしで、水分がある。口の中に噛んで食べると、ほかの果物と違って不思議な香りがする。具体的に表現できないですが、柔らかくてさっぱりした甘味をする。ただし、当たり外れはあると思う。一個は甘かったですが、もう一個は水のようでした。
ダンザウンモンの満月の日
今日はダンザウンモンの満月の日です。この時期、お寺でカティン・ティンガン(袈裟)を寄付する習慣があります。また、今夜のことを『タコージー・ニャ』と言います。『タコージー』は泥棒の意味、『ニャ』は夜の意味です。昔からの言い伝えで、他人のものを隠して遊びます。翌朝なくなったものを取り返したければ、隠した人には小遣いを出して取り戻すといったゲームのようなものです。ただ、都会ではこの習慣はほとんどなくなっていて、地方や村しか見れなくなっています。
また、今夜は『メザリーのつぼみ』をサラダにして食べてます。メザリーは重くて堅いので鉄刀木(タガヤサン)という漢字を持っている東南アジア原産の広葉樹です。普段はメザリーを食べると血のためよいとされていますが、この日の深夜0時には最も効用があふれているといわれています。そのため、わざわざ今夜は食べるのです。写真はメザリーのつぼみです。
バドンマー蓮糸で織った袈裟
ミャンマーの暦では先月はThadingyutでした。今月はTanSaungMone月『ダ・サウン・モン』と呼びます。Thadingyut月から次々といろいろなお祭りや行事が行われており、今月のダサウンモンも『カティン』という祭りを行います。修業生活に必要な衣装である袈裟をはじめ日常生活品、傘、靴などを寄付する行事です。従って、この時期で最も売れるのは袈裟です。袈裟も様々なブランドがあり、お値段もそれぞれです。袈裟で最も高いのはインレー湖のバドンマー蓮糸で織った袈裟(チャーティンガン)で一枚を150万チャット(約15万円位)です。一番安いのは1万チャット(約1000円位)あります。
ウ・レーとアンケ
前回、ウ・レーとサヤーの違いを考察した。今回はアンケである。英語のUncleがなまってアンケである。、ミャンマー語は大体語尾がスーと消える。 日本語英語はその反対最後尾をはっきり言い切る。たとえばHotel日本語的にはホテル、タイ語やミャンマー語ではホーテェスカートも、スカーと発音し、後ろの発音がスーと消えてしまう。それで、アンケは見るからに金持ちのおじ様に使われる。
私は、やせていて恰幅も悪いし、第一この国では金持ちでもなんでもないので、ほとんどアンケと呼ばれたことがない。ウ・レーは、親戚のおじさんや、その辺のおじさんにも使う一般用語。ごく親しいおじさん(ちょっと年配になる)は、バーバーと呼ばれることもある。英語の床屋の発音と同じバーバーである。
以前雇っていたドライバーの孫達が、私のことをバーバーというので、「婆」に聞こえるので、それを止めさせたら、次にアンケになった。この孫たちだけが、私のことをアンケと呼ぶ。早く、いろんな人からアンケと呼ばれる身分になりたいな~。
再生ミャンマー
もう10月の末、例年なら雨季あけていい頃であるが、何日か大雨が降った。そしてレーモンダインと呼ばれる嵐になった。5月にミャンマーの南西部を襲ったサイクロン・ナルギスも、こちらの人はレーモンダインとか、ナギリスがビルマ風になまって、ナギィーと呼んでいる。
サイクロンの後ヤンゴン市内は死者など出なかったが、南西部全体の被災地では13万人もの犠牲者を出している。ヤンゴン市内や近郊の町や村は、ほとんど復興がすんで以前と変わらない生活が営まれている。
写真はあるレストランの入り口付近にあった大木が倒れた跡である。ヤンゴン市内の木々の3分の1以上が根こそぎ倒れ、倒れなかった木々も幹は折れ、枝は飛ばされ満身創痍の状態であった。このレストランのスタッフの話では、すぐ近くにあった樹齢100年ほどのココピン(ねむの木)が5月3日未明の3時頃、強風と大音響とともに倒れたそうである。それで樹齢7,80年のこの大木も危ないと、スタッフ一同避難したところ、果たして午前4時くらいにバリバリと根が土からはみ出してきて、店の方ではなくて通りにむかって倒れ、店は倒壊を免れた。
あれから約半年、倒れてしまった大木も根っこの部位分が余りに大きすぎて、根も付いたままであるので、市役所も道路をふさいでいるわけでもないので、そのままの残された。
あれから半年、太い幹から2つばかり若い枝が伸びてきて、何十年もかけてまた大木に成長しそうである。私も人生のたそがれ時期にさしかかっているので、この若い枝が幹になり大木にまで成長するさまを見届けることが出来るかどうかわからないが、植物の持つ 大いなる再生力に大いに勇気づけられた。
ザボン[ミャンマーの果物」
ミャンマーは暑い時期が多いため、あまりにも暑い時は食欲もなくなったりしています。従って、甘酸っぱい味もある果物は人気です。そのため、さっぱりしているザボンはこの季節とよく似合っています。写真もダウンタウンで山のほど積もって売られています。中身は赤と白2種類があります。サイズにより500チャット~1000チャット位します