モーラミャイン観光その①

モーラミャイン
雨季の季節で旅行すると、シーズンではないため、飛行機が乗りたい間帯で確保が難しい、飛ばないことも心配している、等。客が集まらないため、バガンとマンダレー間の船が運航しません、等。移動物について頭が痛くなる。全ての問題を解決できるのは車の旅です。飛行機が飛ばないことも、水が少ないことも心配が不要です。
今回に行ってきましたモーラミャインやパアンの旅が完全に車の移動になっていますので、安心して観光ができました。
チャイマヨー
ヤンゴンからモーラミャインは車で5~6時間の距離です。モーラミャイン町が都会でもない、田舎でもない。山脈や山系に囲まれています。街中の道も上り坂と下り坂でなっています。ミャンマーでは金色のパゴダやお寺が多いと言ったら、モーラミャインを見て言っているでしょうと思うほど、ヤンゴンよりもキラキラしている参道やお寺が多いです。宗教深いと気がします。
観光場所として市内ではチャイタンラン、チャイマヨー、ガウンセーチョン(島)、パヨングー(洞窟)などがあります。市外へ行くと、タンピュザヤッエ、ムドン、セッセー、チャイカミーが観光できます。
写真がモーラミャインの周辺にあるチャイマヨーパゴダです。ミャンマー全土ではほとんどの仏像が足を組んで座っている形が多いですが、ここだけが珍しく足が下へぶら下げて座っている形になっています。
チャイマヨーの行く道がきれいですので、歌にもなっています。
チャイマヨーの行く道がきれいですので、歌にもなっています。ずらりと並んでいるオウギヤシ、田圃、牛などが通って行く道を美しくさせています。

待望の雨が降った。

ヤンゴンは炎熱地獄が続いています。
ミンガラバー
Bederです。ヤンゴンは炎熱地獄が続いています。
室温で35℃以上、深夜になっても温度は下がらず、外は日中は40℃を越す日々がここ1ヶ月以上続いてます。
ヤンゴンに暮らして13回目の夏(暑季2月~5月)ですが、これほど暑い夏も記憶に無いです。気象局の発表では、50年ぶりの猛暑だそうだ。
それで、1週間前から24時間エアコンが効いているホテルに避難してる。朝7時半、ホテルの窓を開けてみると今年初めての雨が降っていた。かなり激し降ったものの、僅か10分間で止んでしまった。
その後小雨が昼過ぎて少し降って、ヤンゴンの乾燥した木々も緑が雨を受けてみずみずしく輝いている。
雨が降ると開花するパダウの花も咲くことだろう。これが一時的な雨なのか、雨季の始まりなのか。もう少し様子を見ないと分からない。水力発電も水不足で停電が続くヤンゴン。電気の供給がまったく無い日もある。
早く! 早く!本格的に雨季になって欲しい。

国境の町タチレイ②

市場ではもっぱらタイ語 時に中国語 シャン語 しかし、ほとんどミャンマー人なので、ミャンマー語も通じた。看板は、ほとんどミャンマー語 タイ語英語3ヶ国語の表記
市場ではもっぱらタイ語 時に中国語 シャン語 しかし、ほとんどミャンマー人なので、ミャンマー語も通じた。看板は、ほとんどミャンマー語 タイ語英語3ヶ国語の表記
タイのバーミーナーム 35バーツだった。味付けは、テーブルの上にあるさまざまな香辛料、醤油、砂糖などを使って自分の好みに出来る。
タイのバーミーナーム 35バーツだった。味付けは、テーブルの上にあるさまざまな香辛料、醤油、砂糖などを使って自分の好みに出来る。
タイレイは、タイのメーサイからサーイ河をはさんで向かい合っている。タイ側からは、外国人でも午前6時から夕方6時までミャンマーに入国できる。(パスポートを預けるなどの多少の手続きが必要)
実際に、Gateの役人に尋ねてみたが、ミャンマーの方からは出来ないようだ。(これもある時期は出来るとか、色々さまざま変わるようである)
G&Gに頼まれていたので、タチレイにあるホテル6,7軒リサーチしたが、どこもタイバーツでの支払い。電話番号もタイ国の番号(66)とミャンマーの電話(95)を併用している。ほとんどのホテルがタイ人オーナーのようである。
しかも驚くなかれ、停電がない。ヤンゴンでは、毎日の停電に悩まされているので驚いた。多分タイ側から送電線を引いているのだろう。何せ河1本で隣国タイである。
町はまるで建物をはじめタイの一地方都市である。通貨もバーツである。1000人いるというオートバイタクシーは、かろうじてミャンマーksも受け取ってくれたが、市場もタイバーツが主流。商品もタイ製品のオンパレード。 2006年の暮れに行った。中国との国境の町ムセと、2大国境貿易の町になっている。
2009年にモーラミャイン・パーアンなど南の方を訪れ、やはりタイとの国境貿易の町であるミヤワディに行きたかったが、ここは外国人は入域出来なかった。タチレイの話に戻る。 それで、タイ側メーサイから入ってきた外国人は、タチレイのみを見て「ミャンマーって、タイと全く同じ」という印象を持つと思う。
町にはこれといって景勝地があるわけではない。ヤンゴンにあるシュエダゴンパゴダと同じ名前の金色のパゴダが丘の上にそびえている。後マンダレーにあるマハムニパゴダと同じ名前のパゴダもあった。
車も多く活気がある町で、シャン州では、州都のタウンジーやラショーなどより町はるかに大きい。同じ国境の町ムセよりも大きい印象を受けた。

国境の町タチレイ①

オートバイタクシーの後部座席から撮影。シュエダゴンパゴダ。
オートバイタクシーの後部座席から撮影。シュエダゴンパゴダ。
まるでタイの地方都市とそっくりタチレイの町並み。
まるでタイの地方都市とそっくりタチレイの町並み。
海抜1200米のチャイントンから、バスに乗ってタチレイまで4時間半かかった。車で行くと3時間でいける距離だが、2回休憩が入り、4回くらい小さな町に着くたびに、スペヤーと呼ばれる車掌が各事務所に乗客名簿のコピーを提出していて、時間がかかった。
バスは結構ちゃんとした大型バスで、出発時間はチャイントンからの午前8時と、正午の2本のみ。出発2日前に朝の座席を購入していたが、外国人はイミグレーションの手続きがあるので、1時間前に来てくださいといわれ、そうなると6時起床で行かねばならないので、翌日に正午のほうに変えてもらった。
ローカルの料金の2倍1万ks支払った。車掌が近くにあるイミグレーション事務所で代行してくれるので、自分は近所のサテンでお茶していた(バスチケット イミグレーションともにサンユエゲストハウスの斜め前にある)
チャイントンの温泉のことを書いたが、ここに行くのに小さな橋を越える。警察か?軍人?が詰め所にいて、オートバイタクシーで行ってるのだが、ドライバーも客も歩かなければならない。何を警戒しているのだろうか? 又、この橋は午後6時から午前6時まで閉鎖される。したがって、温泉は、夕方5時半くらいまでの営業になるだろう。
バスでチャイントンを出た時も、道に大きな鉄条門があって、道路は午後8時から午前8時まで完全に閉鎖されているようだ。そんな中タチレイに到着した。チャイントンに比べ暑い。

避暑地チャイントン②

エン族の村長の妻。コーン(噛みタバコ)の長年の習慣で、歯も唇も黒くなっている女性が多い。
ラフー族の村。わりに低地の村で、大きなキリスト教会があり、若い娘さんなどは民族衣装を着ていない。
エン族の村長の妻。コーン(噛みタバコ)の長年の習慣で、歯も唇も黒くなっている女性が多い。
アカ族 チャイントンの市場で見かけた。他にも市場ではたくさんの民族の人たちに会うことが出来る。
エン族の村長の妻。コーン(噛みタバコ)の長年の習慣で、歯も唇も黒くなっている女性が多い。
エン族の村長の妻。コーン(噛みタバコ)の長年の習慣で、歯も唇も黒くなっている女性が多い。
エン族の集落。もちろん電気は来ていない。
エン族の集落。もちろん電気は来ていない。
2日目の夜、激しい雨と落雷が2時間も続いた。山に囲まれたこのチャイントン全体を震わす、実際木造で出来ているホテルが地震のように揺れていた。
3日目は快晴であった。7年前にも行ったことがあるミャ・シュエ・イー温泉に行った。温泉はこれまで、インレー湖、コータウン、ラショー、ダウェーなどでも入ったことがあるが、ここの温泉が一番気に入っている。
4日目は、トレッキングガイド雇って、ラフー族、アカ族、エン(イン)族の村をめぐった。エン族の村長の家の壁に「日本のグループツアーで初めてこの村を訪れた**グループ」と総勢10名くらいの名前を書いた紙が貼ってあった。
5日目は、ゆったりと小さな静かな町を歩きまわって、午後は読書で過ごした。インレー湖がすごい人気になっているが、チャイントンはまだまだ観光ずれしてなくて、静かでのんびりしていて、私は勝手に「ミャンマーのスイス」と呼んでいる。インレーで失われつつある「豊かな田舎」がここチャイントンにはまだまだ残っていると感じた。